眼に見えない生き物と箱根さんのスサノオ
どんな伝承か
小田原の釣り仲間の北村さんが著者に語った話。箱根に、元は関取だったという小柄な老人(仮に箱根さんと呼ぶ)が妻と住んでいて、目に見えない何かが憑いていた。夜中にコーラを頼むと数分後にドアが叩かれて瓶が置いてあり、落とした財布を探すよう言いつけて寝ると翌朝枕元に戻っていた。小田原で信号を渡る途中に転びかけた時は、身体が宙に止まったまま向こう側へ運ばれたという。それは人の死や親類の結婚・事故も言い当てた。ある晩自らスサノオという神だと名のり、信じれば面倒を見ると告げたのが始まりだった。著者が会いたがった頃には、大地震が近いと告げられた箱根さんは家を売って北海道へ移っていた。
原典より
眼に見えないそれが、自分の身体を背負って、道路の向こう側まで運んでくれたのだと箱根さんは言った。—— 奇譚草子(夢枕獏) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇譚草子(夢枕獏)
『奇譚草子』は、夢枕獏が雑誌の連載ページに書き継いだ怪異譚集である。「〜話」と題した短い話二十篇を収め、生霊の手、階下で蹴ったばかりなのに二階に座っていた祖母、雪山の死体、夜ごと来る小人など、多くは友人や知人から聞いた話を著者が聞き手として書き留める。ただし口上で架空の話も混ぜると断り、雪山の死体の話は読者の指摘で翻訳怪奇小説と同じ筋だったと認める続きの回を置く。末尾は箱根に住んだ元関取に憑いてスサノオと名告る存在の話である。