谷底へ転落死した馬子の亡魂と青い火
どんな伝承か
ある年、林田亀太郎が箱根の堂ヶ島の宿に泊まっていると客が絶え、隣の宿も同じありさまだった。主人の話では、二、三年前、宮ノ下から来る途中の旅の馬子が道を踏み外して馬ごと深い谷底へ落ちて死に、遺体は引き上げられずに朽ちた。今月がちょうど三年忌にあたり、その亡魂が毎夜堂ヶ島に出るとうわさされ、湯本の早雲寺の和尚に七日間祈禱してもらっても効き目がなかった。宿の五助は、宮ノ下へ買い出しに出た夜十時ごろの帰り道、崖下から青い火が燃え上がり、その後ろに髪を振り乱した男が立つのを見て逃げ帰り、十日ほど高熱で寝込んだ。同じく見た大和屋の権六は熱病のすえに亡くなったという。
原典より
世間の噂に依れば、毎夜この堂が島へ其亡魂が出るのださうで御座います—— 幽霊を退治(林田龜太郎(述)/曉汀(筆記)・新公論 1915年1月号・1915年(大正4年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊を退治(林田龜太郎(述)/曉汀(筆記)・新公論 1915年1月号・1915年(大正4年))
『幽霊を退治』は、衆議院書記官長の林田龜太郎が語り、曉汀が筆記した雑誌記事「幽霊を退治した實驗」である。堂ヶ島の宿で保養中、幽霊騒ぎで客が去ったと聞いた語り手が、宿の者の目撃談を聞き取ったうえで短刀や短銃を携えて夜の崖道へ出向き、青い怪火が古株の燐火、幽霊の姿が草と苔の生えた岩角であったと突きとめるまでを一人称で述べる。ファイルの前半には、新橋の芸者の不貞を尾行で調べた別の探偵実話も収める。