京都嵯峨船形屋敷における靈覺と透視實驗
どんな伝承か
京都市外上嵯峨の亀山御陵のそばに、船形屋敷と呼ばれる四百坪ほどの土地がある。住んだ者が相次いで病むため、ここに移った心霊治療家の薄出然道は、三田光一に土地の透視を頼んだ。三田は昭和五年一月二十一日、初大師の日とは知らずに屋敷を訪れ、数分の透視の後、ここは空海が嵯峨天皇の病気平癒を祈るため、丹生都比売の神霊を高野山から移して百日の祈祷を修めた霊地だと記した。福来友吉は史書と照らして符合すると述べ、昔あった二つの大石の話も旧地主の証言と一致したという。
原典より
此地は僧空海が時の帝嵯峨天皇の御惱平癒を祈る爲め、高野山に祀り奉れる丹生都比賣の大神の御靈を此に移し奉りて、百ヶ日の祈願を修めたる靈地なり。—— 心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年))
『心霊と神秘世界』は、文学博士福来友吉が著し、昭和七年に人文書院から発行された心霊研究と仏教思想の書である。御船千鶴子・長尾夫人・三田光一らの透視と念写をはじめ、霊の幻化、念動、物質化など国内外の心霊現象を実験記録とともに論じ、後半では自我・神秘世界・霊と生命を真言密教や華厳の教えによって説く。全五編からなり、この本文は昭和五十七年に心交社が出した復刻版で、梅原正紀・井村宏次らの「解説研究編」を付している。