三田光一 児島高徳を念写
どんな伝承か
昭和四年三月八日、三田光一は京都の木子という人の家で、児島高徳の肖像を乾板に念写した。福来友吉はこの像を、霊の過去は滅びずに現在まで生き続けているという自説を実験で示す例として挙げている。福来によれば、一度念写によって乾板の上に姿を結んだ念の相は、時がたってもそのまま残っているはずで、それを呼び出せば同じ像を何度でも乾板に現せるはずだという。この最初の肖像には桜の木が写っていなかったため、のちに三田は、桜の入った像を改めて念写するよう求められることになった。
原典より
第七十六圖は京都の木子某氏の宅に於て、昭和四年三月八日に念寫されたものである。—— 心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年))
『心霊と神秘世界』は、文学博士福来友吉が著し、昭和七年に人文書院から発行された心霊研究と仏教思想の書である。御船千鶴子・長尾夫人・三田光一らの透視と念写をはじめ、霊の幻化、念動、物質化など国内外の心霊現象を実験記録とともに論じ、後半では自我・神秘世界・霊と生命を真言密教や華厳の教えによって説く。全五編からなり、この本文は昭和五十七年に心交社が出した復刻版で、梅原正紀・井村宏次らの「解説研究編」を付している。