御船千鶴子の熊本での透視実験
どんな伝承か
福来友吉が明治三十四年以来研究した神通能力者は八人で、その第一が熊本の御船千鶴子である。彼女の透視能力は義兄・清原猛雄の催眠術で誘導された。清原は明治三十六年から熊本市で催眠を研究し、日露戦争で常陸丸が撃沈された当時、千鶴子に催眠を施して同船に第六師団の兵士が乗っているか透視させると「途中で引き返し乗っていない」と答え、三日後の通信で符合した。明治四十一年七月、深呼吸の修養の末、彼女は庭の梅樹の樹皮下の虫を透視して当てた。清原が三枚の紙片に文句を書き折り畳んで状袋に入れて透視させると、二枚は完全に、一枚は意味だけ的中した。四十三年四月には今村博士と共同で十七回実験し、十三回が完全に的中した。
原典より
私の目的こした實瞼はこれで終つた。私は千鶴子嬢の透視に何等の怪しむべき疑點なきここを確實に認めるここが出来た。—— 観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究)
『観念は生物なり』は、福来友吉が諸雑誌に発表した論文を集めた心理学と心霊研究の論集で、日本心霊学会刊、序は大正十四年春に箕面山の麓で記されている。観念と身体の関係、夢、潜在精神と病気、プランセット(自動書記)、狐憑病の伝染や尼寺のヒステリー、宮本武蔵の剣道などを論じる。明治四十三年以来接した御船千鶴子・長尾郁子・三田光一ら八人の通力者の透視と念写の実験も報告し、「観念と身体との関係」から「生命学と心霊研究」までの十四篇を収める。