黒い川のほとりで聞いた亡父の声
どんな伝承か
作家の水上勉は一九八九年六月、訪中作家団の団長として北京に滞在中に天安門事件に出くわした。気の休まらない日々の疲れからか、帰国して自宅に戻ってわずか二時間後に心筋梗塞で倒れ、三日間の昏睡に陥った。気づくと墨汁のように黒い川のほとりに立っており、背後から三十年近く前に亡くなった父に似た声が、そこは冥土だと警告した。対岸の赤土の崖では、昨年死んだ白い野良犬の草太郎がつつじの木にすがってもがき、川に落ちたが沈まず流れていった。彼も後を追うように川に落ち、浮いたまま下って草の岸に上がったという。その後も入院中、かつて軍隊で世話をした栗毛の馬の照銀が夜ごと病室に現れ、能登で神馬をしていると語った。
原典より
とにかく目の前に真っ黒に近い深い川が流れていた—— 証言・臨死体験(立花隆・臨死体験・ノンフィクション・1996年(平成8年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
証言・臨死体験(立花隆・臨死体験・ノンフィクション・1996年(平成8年))
『証言・臨死体験』は、立花隆が文藝春秋の雑誌『クレア』に連載し、一九九六年に単行本として刊行した臨死体験の証言集である。俳優の安田伸、作家の水上勉、彗星探索家の木内鶴彦、プロレスラーの大仁田厚、映画監督の羽仁進など、病気や事故で死の淵に臨んだ二十三人の体験を、本人や家族からの聞き取りで記録する。各章は人物の略歴と前置きに続けて問答形式の談話を載せ、本人の著書や手記からの引用も交える。