登山者の来ない一迫川源流の秘境
どんな伝承か
秋田県の皆瀬川から宮城県の一迫川へ抜ける小径は、鬼首峠と栗駒山のあいだにある唯一の通路である。あたりの千メートル級の山々に登山路がないため登る者もおらず、道は人の足が絶えて太古の姿に戻りかけ、足の裏で地面の硬さを探る以外に進みようがない。栗駒山の西の山腹には、寒帯の密林に塞がれた中に、著者が西方浄土と名づけた広い湿原がある。ひどい雨の日、少しでも楽をしようと水流の跡をたどったのが仇となり、湿原の東十五メートルほどを気づかぬまま通り過ぎてしまった。引き返す決心もつかず、未知の谷を跳び下りていった末に、かつて道だった線をようやく足裏で踏み当てた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1990年(平成2年))
『山とお化けと自然界』は、西丸震哉が旧著三冊と雑誌の一篇「ワシは安禄山」を編み直し、一九九〇年に文庫版あとがきを付けた随筆集である。「自然界はもちつもたれつ」「酒」「山」「兄との交信」の四部に、チョウや小動物、山や湿原の探検、酒と温泉の話とともに、横尾谷の岩小屋の幽霊、釜石の幽霊、木曾御岳の人魂、呪い殺しの実験、雨やみの術など著者自身の怪異体験をつづる。あとがきに『未知への足入れ』『山だ原始人だ幽霊だ』『山の動物誌』を元にしたと記す。