クマの声で登山客を走らせた志賀山
どんな伝承か
十年ばかり前、著者は志賀山の山頂直下にあるオニノスモウバと呼ばれる湿原から、志賀の小池へ向けて道のないクマザサの斜面を分けて進んでいた。尾根道を通る五、六人の登山客が、ガサガサ揺れる藪を見て騒いでいるらしかったので、いたずら心から頃合いを見計らい、低い声で一声うなってみせた。登山客は声も立てずに猛烈な速さで裏志賀の急坂を駆け登っていった。藪の中からそれを見送るうちに、著者は自分が本当にクマになったような気がして、道へ出るのが怖くなったという。
原典より
ちょいといたずら心を出して、タイミングを見計らい、一声大きく「ウォーッ」と低音で怒鳴ってみた。—— 山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1990年(平成2年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1990年(平成2年))
『山とお化けと自然界』は、西丸震哉が旧著三冊と雑誌の一篇「ワシは安禄山」を編み直し、一九九〇年に文庫版あとがきを付けた随筆集である。「自然界はもちつもたれつ」「酒」「山」「兄との交信」の四部に、チョウや小動物、山や湿原の探検、酒と温泉の話とともに、横尾谷の岩小屋の幽霊、釜石の幽霊、木曾御岳の人魂、呪い殺しの実験、雨やみの術など著者自身の怪異体験をつづる。あとがきに『未知への足入れ』『山だ原始人だ幽霊だ』『山の動物誌』を元にしたと記す。