放送局勤務から修行生活へ,精神統一の修得
どんな伝承か
大正十五年に放送局を辞めた著者は、半年ほど東京を離れて日光の山中にこもった。諏訪の行者久さんから聞いた二荒山の行者が忘れられず、日光町の梅屋敷に寄宿してたびたび中禅寺へ登り、雪の中に十日いたこともある。そこで出会った行者大竹のもとで四か月修行して滝にも打たれ、続いて京都の伏見稲荷へも籠もった末、精神統一が何より大切だと悟った。大竹に習った修験道の数息の法は自分流に崩して行えるのがよく、やがて細い糸で宙につるした葉書が前後に揺れ動くまでになり、霊をじかに感じることもたやすくなったという。
原典より
久さんから聞いた二荒山の行者のことが忘れられなくて日光町の梅屋敷へおいてもらって度々中禅寺へのぼった。—— 霊界五十年(長田幹彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界五十年(長田幹彦)
『霊界五十年』は、長田幹彦が自らの心霊体験を一人称でつづった随筆集である。霊媒亀井三郎の実験に立ち会った話に始まり、大正十四年に東京中央放送局で見た変死した技師の霊、自殺者の霊、神隠し、心霊写真、死者の霊との交わりなど、長年にわたって見聞きした出来事を語る。「亀井霊媒の実験」「放送局の幽霊」「霊界夜話」「幽霊のキスマーク」などの短い章を連ね、心霊研究の知人や医師との問答を多く交える。