錦輝館に響いた熊嶽の気合と九字
どんな伝承か
当時の新聞記事や関係者の話をもとに著者が組み立てた場面によると、明治三四年二月、東京報知新聞の記者は浜口熊嶽の特別施術が開かれる神田錦町の錦輝館を訪れた。荷車で運ばれてきた手足の萎えた女の姿にひるみつつ入ると、場内は数百人で満員だった。白装束の熊嶽は護摩を焚いて真言を唱え、信じぬ者は治せぬと一喝して患者を次々に呼んだ。眠れぬ青年や頭痛の男、寝小便の子に気合を浴びせ、虫歯の女は手も触れられずに歯を吐き出し、二尺離れた娘の頬の黒子は九字一つで消えたという。
原典より
「あっ」すっとんきょうな声をあげた女は、ぺっと歯を床にはきだした。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。