大矢の姓のおこり(影見の池)
どんな伝承か
昔、文徳天皇の皇子惟喬親王がこの地方で鷹狩りをしていたとき、放った大切な鷹がいつまでたっても戻らなかった。鷹匠たちが探し回り、畠田郷から流れてくる川がよどんでできた小さな影見の池に来ると、ほとりの高い木の枝が水面に映り、その影の中に鷹の姿が見えた。鷹は脚の紐が枝に絡まって飛び立てずにいた。親王は私部に住む弓の名人に紐を射切るよう命じ、名人は幅広の鏃の矢で一度に紐を断ち切った。鷹は無事に戻り、親王は名人をほめて「大矢」の姓を与えたという。
原典より
親王はその名人を誉めて「大矢」という姓を与えたという。—— 交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史)
『交野市史 民俗編――伝説』は、交野市が編んだ市史の民俗編から伝説の章を収めたものである。交野の各地に伝わる池・古墳・寺社・地名にまつわる伝えを集め、産所とよな池、弘法大師の蚊封じの池、獅子窟寺の再建の由来、小松寺の起こりなどを、所在地や文献の記述を添えて記す。郡津・倉治・私部・森・寺・傍示・私市・星田の八地区を節に立て、地区ごとに話を並べる。