しおき場――家を建てるな
どんな伝承か
私市四丁目のある民家の北側は「しおき場」と呼ばれ、家の者がどれほど成功しても、そこに家を建ててはならないと言い伝えられている。ここは千手寺の寺域で、かつての亀王山観音寺の跡である。昔、病に倒れた亀山上皇は熊野で、私市の獅子窟寺の薬師如来に祈れば治ると告げられ、帰り道に立ち寄って礼拝するうち病が癒えた。のち大坂夏の陣のとき、大野治長が加勢を断った両寺を焼き払ったため、その大悪人が処刑された場所が「しおきば」だという。ただし治長は大坂城で自害しており、話とは食い違う。
原典より
このような寺を焼き払ってしまう大悪人が処刑された場所が「しおきば」だといい伝えられている。—— 交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史)
『交野市史 民俗編――伝説』は、交野市が編んだ市史の民俗編から伝説の章を収めたものである。交野の各地に伝わる池・古墳・寺社・地名にまつわる伝えを集め、産所とよな池、弘法大師の蚊封じの池、獅子窟寺の再建の由来、小松寺の起こりなどを、所在地や文献の記述を添えて記す。郡津・倉治・私部・森・寺・傍示・私市・星田の八地区を節に立て、地区ごとに話を並べる。