弘法大師を拒んだ石いも畑
どんな伝承か
永国の大聖寺の境内から、道祖神の下の道に沿って広岡のほうへ向かう道の左側に、昔から「石いも畑」と呼ばれてきた畑がある。約千年前、弘法大師が教えを広めて諸国をめぐっていたころ、この畑で里芋を掘る老婆に出会い、空腹だったので芋を分けてほしいと頼んだ。物惜しみの強い老婆は、これは固くて食べられない石いもだと偽って断った。大師は近くの清水で手を洗い、経を読んでから先を急いだ。家に帰った老婆が芋を煮ると、いくら煮ても固いままで、近所の者が試しても同じだった。あの旅の僧は大師だったのだと村中の噂になり、老婆は嘘を悔やんだ。以来この畑では里芋を作らないという。
原典より
老婆はまもなく家に帰り、掘り起してきた里芋を煮て食べようとしましたが、いくら煮ても固くて食べることができませんでした。—— 土浦市史 民俗編――伝説(土浦市(編)・土浦市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
土浦市史 民俗編――伝説(土浦市(編)・土浦市史)
『土浦市史 民俗編――伝説』は、市史の民俗編のうち第一節「土浦の伝説」と第二節「ことわざ」の冒頭を収める。首洗い井戸、狐の嫁入りや化かされ話、宍塚大池の大蛇、佐野子のカッパの手、弘法大師の石いもと照井、大聖寺の竜の爪、如宝寺の木食上人の入定など、市内の地名・寺社・池にまつわる伝説を、古老の話や市報・ふるさと運動の調査・資料館の調査・『東村誌』から引いて記す。各話に見出しを立て、ことわざは天候・動物などの題目ごとに番号を付けて掲げる。