陸稲を作らぬ村と利仁将軍の枕石
どんな伝承か
下野本の鎮守である利仁神社には、藤原利仁という将軍が祀られている。この辺りをよく治めたので神に祀ったのだろうと村人は語る。下野本で陸稲を作らない訳には二通りの言い伝えがあり、どちらも将軍が戦の折に陸稲畑で転び、葉先や穂先で目を突いて片目を失ったことに結びつく。申し訳なさから、あるいは賊を滅ぼした恩を忘れぬために、村では代々陸稲を作らなくなったという。将軍の枕石は見ると罰が当たって目がつぶれるとされ、村で見た者はいないとも話される。奥殿の白木の箱に納められた実物は「利仁将軍御守石」と記された先細りの珍しい石で、枕には向かない形だったといい、御守石がいつしか枕石と呼ばれたものと考えられている。
原典より
箱の蓋には「利仁将軍御守石」と記されており、石そのものはこの辺で見なれない珍しい石で、先細りのもので、見た所枕石には無理な形であった。—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。