人柱となった若僧としょおでん塚
どんな伝承か
昔、馬場村は豊かな村だったが、戦や飢饉、はやり病にたびたび見舞われた。ある時、かつてない難儀が村を襲い、方々の神仏に参っても効き目がなかったため、人柱を立てて防ぐほかないと話がまとまった。だが生きたまま埋められる役を引き受ける者などいない。そのとき村の寺にいた若い僧しょおでん坊が、村が救われるならと自ら人柱を申し出た。しょおでん坊は竹の棒に我が身を串刺しにして地に突き立て、立ったまま往生した。こうして村は難儀を逃れ、村人はその恩を忘れまいと塚をしょおでん塚と呼んで語り継いだ。幼い子には、干し柿を食べて死んだとか、座ったまま埋められ鐘を鳴らして経を唱え続けたとか、和らげて話したという。
原典より
村んために人身御供になってくれだ、ありがてえしょおでん坊さまの恩を忘れじゃ申しわぎゃねえちて、ほの塚をしょおでん塚って呼ばって後々までに言え伝えできたんだど。—— 氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史)
『氏家町史 民俗編――伝説・昔話』は、氏家町の町史民俗編のうち、第五章「くらしと言語」の第一節「伝説・昔話」と第二節「ことわざ、俗言」の初めを収めたものである。昭和七年版『氏家郷土誌』の数編と町史編さん室などが集めた話から選んだ二十七話を土地の方言の語りに直して載せ、勝山城にまつわる歴史伝説や地蔵の信仰伝説が多い。各話の末に方言を主とする語注を付け、ことわざの節では日常に使われた俗言を頭の音(あ・い・う)ごとに並べる。