太閤の白弓と羽柴家の重宝
どんな伝承か
宮浦の八幡社はシラキ八幡とも呼ばれ、『尾張志』には白弓八幡と記されている。春日村下之郷の天桂寺に伝わる記録では、この名は太閤秀吉が朝鮮半島から持ち帰った白木の弓、あるいは新羅から持ち帰った弓を奉納したことに由来するという。九之坪にただ一軒ある羽柴家では、兵役から戻った家の者が病に倒れ、祈禱師に拝んでもらうと、家に置くべきでない物があると告げられた。そこで羽柴鈴吉は大正十五年、家に伝わる虎の爪など五品を天桂寺へ寄進した。寄進状には、もとは白弓家の重宝で、白弓氏の菩提を弔うために納めると記されている。
原典より
その家の人が兵役から帰って病いになったので、祈禱師に拝んでもらうと、お宅には置くべきでないものがあるという。—— 西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町の町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節をムラごとの十八項に分けて並べ、最後の項の五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。