蛤橋と旧海の地名
どんな伝承か
米野交差点の北で東西に流れる十ヵ用水には、かつて蛤橋という橋が架かっていた。その名は、今から千二百年ほど前にはこの一帯が海で、はまぐりが数多く棲んでいたことによると言われる。西春町のあたりでは、小牧山や舟津、沖村のように、昔は海だったと伝えられる土地の名がいくつも残っている。
原典より
蛤橋という名の由来は今から、一二〇〇年ほど前、この辺り一帯は海であって、はまぐりがたくさん棲んでいたからだといわれている。—— 西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町の町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節をムラごとの十八項に分けて並べ、最後の項の五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。