争いモミの木
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
慈恵稲荷の境内と成就院の大門に大きなモミの木があり、中山道を往来する人が北からも南からも一本に見えたため「一本だ、いや二本だ」と言い争った。これが争いモミの木の名の由来。明治九年九月の大風で倒れた。
原典より
明治のはじめごろまで、常盤町慈恵稲荷の境内と、成就院の大門には各々珍らしく大きなモミの木があって、昔中山道を往来する人が、北からみても南からみても一本にみえたという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(上巻)) より引用地図で位置を見る
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(上巻))
韮塚一三郎『埼玉県伝説集成——分類と解説 上』を全487話・伝説(土地別の異伝)単位で収録(巻中の<解説>・[参考]・和歌・注は本文に内包)。
種別から探す
浦和市の伝承
広告枠(AdSense)