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五条橋下のイタカと流れ灌頂

所在地京都府京都市東山区(五条橋)
年代不明(七十一番職人尽歌合の時代)
登場イタカ(半僧半俗の物乞い)
出典「イタカ」及び「サンカ」(定本柳田國男集 第四巻より)

どんな伝承か

『七十一番職人尽歌合』の第三十六番には、エタと組み合わされてイタカが描かれている。塗笠をかぶって顔を覆い、座ったまま短い木の卒都婆を高く掲げ、「流れ灌頂を流させたまえ」と唱える姿である。添えられた歌に、五条の橋の下でむせび、果ては涙の流れ灌頂となると詠まれていることから、柳田國男は、イタカが五条の橋の下に座り、行き交う人々に流れ灌頂の供養を勧めていた様子を描いたものと推している。月の歌の方では夜に経文をそらで唱えて回るさまも詠まれ、学問のない身ながら経を暗唱して物を乞い歩く、半僧半俗の者と考えられた。

原典より

而して歌の文句にも「如何にせん五條の橋の下むせびはては泪の流れ灌頂」とあれば、恐らくはかの橋の下に坐して往來の人々に灌頂をすゝむる所を書けるものなるべし。—— 「イタカ」及び「サンカ」(定本柳田國男集 第四巻より)(柳田國男・定本柳田國男集 第四巻・1963年(昭和38年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

「イタカ」及び「サンカ」(定本柳田國男集 第四巻より)(柳田國男・定本柳田國男集 第四巻・1963年(昭和38年))

『「イタカ」及び「サンカ」(定本柳田國男集 第四巻より)』は、物を乞い歩く半僧半俗のイタカや漂泊の民サンカを論じた柳田國男の論考を、昭和三十八年発行の『定本柳田國男集』第四巻から収めたものである。会津のイタカ町や奥州のイタコとオシラ神、サンカの集会と掟を、近世の地誌や古記録、各地からの聞き書きで説く。イタコの語源やイチコの分布、カムナギの階級、中世の遊女と傀儡の暮らしにも筆を及ぼしている。

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イタカ物乞い民間信仰卒都婆

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