将門七騎の墓と伝わる七つの塚
どんな伝承か
千葉大学医学部の付属病院の東側に七つの塚が点在している。どれも牛頭天王を祀っているので七天王塚とも七っ塚とも呼ばれるが、平将門の七騎の武者の墓だという言い伝えもある。七騎の顔ぶれについては、将門に味方した興世王や藤原玄茂らとする説、将門とその兄弟で七人とする説、将門と六人の影武者とする説、千葉氏の七人兄弟とする説などがあり、亥鼻城の鬼門除けとする説もある。いずれにしても七という数は、妙見信仰や北斗七星をあがめた平氏の流れと深く結びつくものとされる。
原典より
しかしこれらは将門の七騎武者の墓であるとの伝承もある。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。