香取の神を立てる妙見の社
どんな伝承か
いまの千葉神社のあたりは、もとは香取神社の境内で、別当寺として妙見尊を本尊に祀る妙見寺があった。その妙見尊は平良文が群馬の花園にある七星山息災寺から迎えたもので、大治元年に千葉常重が大椎城から猪鼻城へ移ったとき今の地に祀られたという。妙見尊は千葉家代々の守り本尊で、家督の代替わりや元服の儀式はここで行われた。源頼朝は治承四年九月二十日に参詣して馬と太刀を納め、日蓮も法華経を奉納し、徳川家康も社領を寄せたと伝わる。祭礼の神輿は、地主神の香取神社にまず立ち寄り、帰りも正面の鳥居を避けて脇門から入り、香取の神に敬意を表している。
原典より
妙見尊は千葉家代々の守り本尊であり、世代の代り、元服などの儀式はここで挙行した。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。