手を打つと清水が湧く紅嶽の弁天
どんな伝承か
紅嶽弁財天は二十五里という所にある。神仏への信心が篤かった千葉常胤は、ある夜の夢に弁財天が現れたことに感激し、嘉応二年五月一日、鎌倉の弁が谷弁財天を迎えてここに祀ったという。弁天のそばの泉には鶴亀橋が架かり、このあたりで手を打つと池の底がこれに応じて、清い砂とともに水が湧き上がるといわれ、安産や乳授け・子育ての神として崇められてきた。二十五里の名は、常胤が重臣の通平氏に砦を築かせて住まわせたことと、鎌倉から二十五里の地であることが混じり合って生まれたとされる。千葉家十二代貞胤による観応二年の勧請とする伝えもある。
原典より
千葉常胤は日頃から神仏への信仰が篤かったが、ある夜、夢まくらに弁財天が現われたのに感激し、嘉応二年五月一日鎌倉の弁が谷弁財天を勧請したのがこの紅嶽弁財天であるという。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。