神主が命を懸けた雨乞いの獅子舞
どんな伝承か
椎名崎町の一帯では明治二十年代ごろまで、日照りが続いて水が足りなくなると「雨降かっこ」と呼ぶ雨乞いを行っていた。人々はこれを本気で頼みにしており、祭りをしても雨が来なければ神主が腹を切ったという言い伝えまで残る。露払いや先導、ささら、雄雌の獅子、警備などの役に当たる者はみそぎで身を清め、聖宝寺で装束を整えたのち、椎名神社、区長の家、刈田子町の高梨家を回って雨を願う舞を奉じた。獅子役は白衣に獅子頭をかぶり、かっこを打ちながら歌い踊ったが、その頭は行基が彫ったものと伝えられていた。巡り終えると聖宝寺の庭で弥勒踊りが催されたという。
原典より
これは真剣なものであり、若しこの雨乞い祭りをしても効果がなく雨が降らなかったときは神主が切腹したと伝えられている。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。