登れば祟りがある順道塚
どんな伝承か
中峠の字下根古屋、中世の芝原城跡の東に順道塚がある。芝原城主河村出羽守の家臣に林伊賀守という者がいて、出家して順道と名乗っていた。芝原城が落ちたとき、順道は城主の妻子の行く末を見届けたうえで、三十二人の従者とともにこの地で自害したという。順道を加えればここで三十三人が命を絶ったことになる。この塚に登る者には、必ず祟りがあると伝えられている。
原典より
芝原城落城のとき、城主の妻子の先途を見届け、従士三十二人とともに、ここで自害した。—— 我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
我孫子市史 民俗・文化財篇(我孫子市・我孫子市史)
『我孫子市史 民俗・文化財篇』は、市史の口承文芸の部分の抜き書きで、伝説の諸節と世間話の章が収められている。新木の二股竹、将門の井戸、藤姫の入水、七ツ塚、頸天神などの伝説を木・水・塚・祠堂・城跡と屋敷に分けて掲げ、奇人譚や河童・狐・偽汽車などの怪異・霊異譚を世間話として載せる。多くの話の後に、柳田國男らの説を引きつつ御霊や水神の信仰との関わりを考える解説を付し、末尾に本稿のまとめを置く。