景行天皇に機布を献じた乙女
どんな伝承か
今からおよそ二千年近く前、宮本の八尾の岡の近くに機を織る娘が住んでいた。ある十月の穏やかな日、亡き皇子日本武尊の東征の跡をめぐる景行天皇の一行が舟で着き、兵を連れて上陸した。土地の人々がもてなしに追われるなか、娘は織っていた布を急いで玉座へ差し出し、せめて御座所の敷物にと言い添えて静かに去った。天皇は大いに喜び、近くの海に身を沈めた弟橘媛を思い出して、この地に海を鎮める神を祀ることにした。春臣の命に玉依姫を祀る社を営ませたのが東大社の起こりとされる。娘が布を献じた所は白幡のさと、幡敷のさとと呼ばれ、白幡神社が今も残っている。
原典より
また、この乙女が天皇に機布を献じた所を「白幡のさと」、または「幡敷のさと」といわれて小さな社が建てられ、白幡神社として現存している。—— 東庄町史 下巻(東庄町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東庄町史 下巻(東庄町)
『東庄町史 下巻』は、下総の香取郡東庄にあたる千葉県東庄町の町史下巻のうち、「民話・伝説」の項である。須賀山の地名伝説、高部と羽計の狐の祝言、城山の大蛇、花香稲荷縁起、黒部川と児塚の由来、干潟十八ヶ村の名付け、姥捨ての定命窪など十五の項を収め、小南の七不思議や東庄七井の一覧も含む。半数あまりの項に伝承地の区名を添え、『かぎろひ』記念特集号や『県民の森の歌』、「上代郷明細記」「東荘志」、旧家文書などの出典を記す。