大雪の道を導いて死んだ狐と花香稲荷
どんな伝承か
上代郷明細記が伝える花香稲荷の由来である。北條氏綱の家臣花香源之進勝乗は、乱世が近いと見て隠れ住むことを願い、家督を子の勝重に譲って、旧知の上代掃部助を頼り下総へ向かった。永正七年の冬、大雪で方角を失い立ち尽くした勝乗が神々の名を唱えて祈ると、どこからか一匹の狐が現れて歩き出した。後を追うと上代神田の小さな家に行き着き、宿を借りて夕飯を狐にも分けた。ところが翌朝、狐は死んでいた。勝乗は屋敷の高みに狐を葬って松を一本植え、稲荷を勧請して花香稲荷大明神と祀った。その後も近くに住んだ勝乗は、掃部助に誘われて夏ヶ田台の合戦に加わったという。
原典より
勝乗、ふと思い付き此の狐に随ひ行かんと跡を志たい行く程に、名にあう上代神田といへる所え、狐走りつき佇み居たり。—— 東庄町史 下巻(東庄町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東庄町史 下巻(東庄町)
『東庄町史 下巻』は、下総の香取郡東庄にあたる千葉県東庄町の町史下巻のうち、「民話・伝説」の項である。須賀山の地名伝説、高部と羽計の狐の祝言、城山の大蛇、花香稲荷縁起、黒部川と児塚の由来、干潟十八ヶ村の名付け、姥捨ての定命窪など十五の項を収め、小南の七不思議や東庄七井の一覧も含む。半数あまりの項に伝承地の区名を添え、『かぎろひ』記念特集号や『県民の森の歌』、「上代郷明細記」「東荘志」、旧家文書などの出典を記す。