神棚から火事を告げた稲荷の声
どんな伝承か
文久三年の春、江戸城大奥の総取締の滝山は、渋谷宮益坂の千代田稲荷を篤く信じ、自室にも分霊を迎えて朝夕に祈っていた。ある夜、長い祈りを終えようとすると、いつになく狐がしきりに鳴くので不審に思った。床に入ってうとうとしたころ、神棚から「火事だ」と叫ぶ声がする。飛び起きると部屋には黒煙が満ち、炎は天井に移りかけていた。火はきわどいところで消し止められ、誰の命にも障りはなかった。放火に違いなかったが証拠は見つからなかった。稲荷の加護だと感じた滝山は、この後いっそう千代田稲荷を崇めたという。
原典より
寝室に戻って床をのべ、その中にもぐって、うとうとすると、「火事だ!」という声がした。—— 江戸動物民話物語(窪田明治) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸動物民話物語(窪田明治)
『江戸動物民話物語』は、「郷土史・東京」の刊行会を主宰した窪田明治が、東京の郷土史を調べた材料から江戸の民話を選んでまとめた本である。狐や狸、猫、蛇が人を化かし、恩を返し、祟る話を中心に、本郷・王子・向島・麻布・三田など東京各地に伝わる話を収める。狐・狸・猫・蛇・不思議な生き物の五部に分け、一話ごとに舞台となった土地の史跡や寺社の由来、沿革の解説を添え、まえがきとあとがきを付す。