饅頭石トンネルの轢死女の亡霊
どんな伝承か
門司鉄道学校を出たばかりの新米車掌、筒井茂平は、鹿児島と八代の間の貨物列車に乗っていた。雨続きの夜、西鹿児島駅で顔なじみの駅夫から、饅頭石トンネルの上り入口で若い女が轢かれたと聞き、発車後に入口で筵からはみ出た白い脚を見た。翌晩、同じ入口には信号灯と違う青い火が舞い、トンネルの中では女の狂った笑い声が響いた。四日目には長い髪の女が列車を追って駆けてくるのを見、一週間余り後には窓に血まみれの女の顔を見て寝込み、ついに退職した。死んだのは鹿児島市の女給石上民子で、のちにトンネルで見つかった老婆は娘の自殺で正気を失った母親だったという。
原典より
大きくなったり、小さつなつたり、蝶のように左右に、舞ひ飛んで居るではないか。—— 妖奇怪談集(山門王吉・1936年(昭和11年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖奇怪談集(山門王吉・1936年(昭和11年))
『妖奇怪談集』は、山門王吉が著し、東亞書房が昭和十一年七月七日に発行した怪談集である。序によれば、現代の実話に取材した新感覚の話を主とし、旧来の型の話を二篇添えたという。巻頭の「怪談コント一束」は闇の声や消えた女など七つの小話から成り、続いて白昼の銀座で死んだ友人にマッチを借りる「銀座の悪夢」、円タクに乗る娘の亡霊、トンネルの狂女から「生首を盗む女」まで七篇を収め、巻末に十銭文庫などの広告と奥付を載せる。