吾妻橋で憑いた身投げ女の生霊
どんな伝承か
日曜の夕方、金井君は浅草でレビューを見た帰り、吾妻橋を急いでいた。橋の中ほどで、吹きつける風とはまるで質の違う鋭い冷気が背筋を走り、思わず首をすくめた。隅田公園を抜けて業平町の家に戻ると、顔は蒼白で唇まで色を失っており、熱は三十九度を超えた。まどろむたび見知らぬ若い女の顔が枕元に迫り、三日目には子供のことは引き受けた、あや子、泣くなと口走った。母が近所の女行者を呼ぶと、巫女は九字を切り、二十二歳の身投げ女の生霊が憑いていると告げた。女は水中で助けを求めたのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖奇怪談集(山門王吉・1936年(昭和11年))
『妖奇怪談集』は、山門王吉が著し、東亞書房が昭和十一年七月七日に発行した怪談集である。序によれば、現代の実話に取材した新感覚の話を主とし、旧来の型の話を二篇添えたという。巻頭の「怪談コント一束」は闇の声や消えた女など七つの小話から成り、続いて白昼の銀座で死んだ友人にマッチを借りる「銀座の悪夢」、円タクに乗る娘の亡霊、トンネルの狂女から「生首を盗む女」まで七篇を収め、巻末に十銭文庫などの広告と奥付を載せる。