電報誤字を透視で見抜く
どんな伝承か
昭和五年一月四日の夜、地下水協会の実験の乾板を現像した福来友吉は、結果に満足して三田光一に「ダイセイコウ」と電報を打った。翌朝、福来はホープの肖像の念写を見て、記憶の顔と合わない気がすると妻に漏らした。六日の昼、大阪の協会事務所に行くと、報告の前に三田のほうから話し出した。届いた電文は「フイセイコウ」で一度は失敗かと驚いたが、字を直せば大成功になると考え、なお不安なので透視したという。三田は技師を呼んで現像させた様子も、福来が妻に語った言葉も、事実どおりに言い当てた。
原典より
先生の電報は フイセイコウ フクライ とありますから、私は實驗の結果が不成功であるかと思つて大に驚きました。—— 念寫-心靈寫眞(福来友吉氏) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念寫-心靈寫眞(福来友吉氏)
『念寫-心靈寫眞』は、ある書物の第二編第三章「念寫心靈寫眞」から、第六節「三田光一氏の念寫」を収めた抜粋である。透視能力者の三田光一が大正六年から昭和五年にかけて行った念写を、名古屋の県会議事堂、尼崎の実科高等女学校、日本地下水協会、京都嵯峨の公会堂などでの実験ごとに記す。立会人、乾板の扱い、現像の結果を順に挙げ、筆者自身の感想と考察を添える。