立山の亡者宿
どんな伝承か
江戸下谷の消火夫小八は、先月亡くした女房に会いたい一心で、亡者に会わせてくれるという越中立山の麓の亡者宿を訪ねた。主人は回向料を受け取り、亡者には決して声をかけるなと戒めた。夜明け前、案内の男に連れられて「立山の地獄」と呼ばれる窪地で待つと、白装束に髪を振り乱した背の高い女が岩山の腰に現れた。女房そっくりの姿に小八は戒めも忘れて駆け寄り抱きしめたが、女は温かな生身で、一生を五十両で宿に売られ亡者役をしている者だと打ち明けた。だまされたと悟った小八は、女を誘ってそのまま江戸へ逃げた。
原典より
「此処が立山の地獄でございます、此方へ坐って待っていなさると、むこうの高い処を亡者が通ります」と、案内者は提灯の灯をあげて云った。—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。