布施を見届けて死んだ蠅の供養
どんな伝承か
九兵衛が灯に透かして見ると、蠅の羽にも腹の下にも塗ったままの臙脂が点いていた。彼は先月亡くなった婢のお玉を思い出す。お玉は両親の位牌を常楽寺に立てるため銀を貯め、残りの三十目を主人に預けたまま病死していた。九兵衛は我が家から三十目足して六十目とし、通西軒と瑞光寺に三十目ずつ納めて供養しようと決めた。翌朝、蠅は九兵衛の手の甲からころりと落ちて死んだ。骸は小さな箱に入れて寺へ送られ、深草の通西軒では自堂上人が加持土砂を振りかけ、瑞光寺では慈明上人が経を読んで山上に葬り卒都婆を立てた。
原典より
と、今まで九兵衛の手の甲にとまっていた蠅はころりと畳の上に落ちて死んだ。—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。