木曽御岳の人魂たち
どんな伝承か
御岳教の行者から賽ノ河原に人魂がたくさん出ると聞き、著者はツェルトを担いで黒沢口から木曽御岳に登った。頂上を過ぎ、二ノ池から三ノ池へ向かう途中に、積み石が無数に立つ荒れた岩の台地があり、そこが賽ノ河原である。夜十一時過ぎ、満天の星の下で、こぶし大の淡い光の人魂が数え切れないほど現れ、強い風にかまわず石の間を飛び回った。捕虫網も飯盒も素通りしたが、素手でたたくとはね返った。正体は分からなかった。のちの一九七一年にはテレビ局の取材班が同じ場所へ出かけたが、夜中まで待てずに小屋へ引き揚げたという。
原典より
考えていたよりもかなり貧相な人魂で、光は非常にうすく、大きさはコブシ大程度。—— 続 山だ原始人だ幽霊だ(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1972年(昭和47年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
続 山だ原始人だ幽霊だ(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1972年(昭和47年))
『続 山だ原始人だ幽霊だ』は、西丸震哉の随筆集で、あとがきの日付は昭和四十七年三月十日である。出版の都合で前後編に分けたうちの後編にあたり、ニューギニアやニューブリテン島、トロブリアンド島の部族を訪ねた探訪記と原始社会の食生活論に続いて、幽霊についての自説と、自身や身内が出会った怪談を収める。終わりには手相、テレパシー、呪い殺し、雨やみの術、インドから自宅へ魂を飛ばす実験の話が並び、カバーと挿絵も著者が描いたとあとがきにある。