高熱の枕辺に現れる菊池実隆霊
どんな伝承か
晩年の著者は、ラジオ東京で郷土自慢の録音をした帰り、ビルの谷間の寒風に吹かれて流感にかかった。八度を超える熱にうなされ、二・二六事件の朝の雪景色を幻に見るなど、幻視と幻聴に苦しんだ。熱がまた上がりそうな夜、背後にいる菊池実隆の霊がいつものように現れ、もう大丈夫だから心配はいらないとしきりに励ましてくれた。その夜の実隆は手がひどく白く、目もふだんより大きく見開いていた。実隆が現れるといつも頭痛まで治ってしまうといい、著者は安心してもう一度ペニシリンを打ってもらい、峠を越したという。
原典より
ぼくの背後にいる菊池実隆霊はいつものように現われて、もう大丈夫だから心配する必要はないとしきりに激励を送ってくれる。—— 私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。