山川博士実験中止事件
どんな伝承か
明治四十四年一月八日の朝九時から、山川健次郎博士は長尾家で幾子夫人に自分の名の「健」の字を乾板に念射させようとした。乾板の箱を博士本人に運んでもらうことは、記念になるからと長尾家の側から頼んだものだった。福来博士や理学士たち、長尾判事らが並ぶなか、夫人は精神を統一したが、目の前に健の字は浮かぶのに乾板が見えず、銀色の十字形のものがちらつくばかりだった。憤然と席を立った夫人が乾板は入っていないと訴え、一同で箱を開けると、その言葉どおり中は空だった。博士が玄関の次の間に置いていた鞄は、鍵こそ掛かっていたものの錠と縁金の封じ目に異状があり、乾板の箱の上に載せておいた十字形の鉛も位置がすっかり変わっていたと報じられた。乾板は宿の玉川楼に残されていたと報じられたが、山川博士はのちの書簡で、高等女学校に置かれていたと訂正している。
原典より
途に列席者一同協議の上開き見る事に決して開き見しに夫人の透視に少しも違はず中には乾板あらざりしかば一同打驚き…—— 心霊哲学の現状(高橋五郎・1919年(大正8年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊哲学の現状(高橋五郎・1919年(大正8年))
『心霊哲学の現状』は、高橋五郎が大正八年に著した心霊研究の概説書である。英国のロッジが戦死した子レイモンドの霊と交わした冥界通信をはじめ、欧米の交霊術と霊媒の実例を訳して紹介し、日本の催眠術と千里眼の流行、御船千鶴子・長尾郁子の事件、霊光や念写までを論じる。篇と章に分け、心霊哲学とキリスト教、クリスチャン・サイエンス、淘宮術との関係や、太霊道など国内の霊術諸派も取り上げ、ところどころに評註を添える。