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中津川孤村の武田信玄伝説探険

所在地埼玉県秩父市中津川
登場高橋宮二、著者・体験者
出典修養と通力

どんな伝承か

著者は、上州三つ峯山脈の中に、最も近い隣村まで四、五里の山越えを要する別天地のような孤村があり、そこは武田信玄の金の採掘地であった奇蹟の地だと聞き、九月下旬に上州下仁田駅で下車し、四里の峠越え、さらに三里の山越えをして中津川に着いた。中津川は荒川の上流にある山中の小部落で、信玄が軍用金を採掘した古蹟だと伝えられ、鉱物採掘の旧坑洞が無数に山腹に残っている。人家は十八戸、いずれも炭焼と天産物の採取を業とし、耕作すべき田畑は一枚もなく、山を焼いてその跡に栗・黍・蕎麦を蒔いていた。住民は、我々は信玄公の落武者である、と言って他村の者と交際せず、巡査の戸口調査も年に一度という別世界であった。

原典より

中津川と云ふ山中の小部落は荒川の上流にして、昔し武田信玄が軍用金を採掘せし古蹟だとか言 へられて、鑛物採の舊坑洞が無数に山腹に残されてある—— 修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年))

『修養と通力』は、高橋宮二が著し、大正二年に東京宝文館から発行した、深呼吸による精神修養と千里眼の実験の記録である。第一編「実験四年」は、修養の方法と焼岳での雪中の修養を述べ、千里眼の能力を得た妻貞子を明治四十三年から四年間養い、福来友吉博士らの立ち会いで透視と念写を試みた経過を記す。第二編「山の趣味」は附録の紀行で、北アルプスの大黒鉱山で雪中に半年埋もれた人夫六人の遺体を片付けた顛末と、黒部谷や中津川への旅を収める。

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