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舟見町での宿泊謝絶と頓智

所在地富山県下新川郡入善町舟見
年代明治42年6月
登場高橋宮二
出典修養と通力

どんな伝承か

著者は午前八時に須沢の旅舎を出発し、暴風雨の被害の跡を弔いながら西へ向かい、親不知の難所を越えて十二里を歩き、午後五時に越中下新川郡舟見の宿駅に着いた。古びた菅笠に踵の破れかけた草鞋という案山子のような風体だったため、旅宿の老婆に、お気の毒だがお座敷が皆ふさがっている、と宿泊を断られた。ほかに宿屋らしい旅舎は一軒もない。そこで著者は頓智を働かせ、自分は先発隊で、主人が明日明後日に越後から五、六人を連れて山奥の官林払下の調査に来る、主人は贅沢家だと、出鱈目の法螺を吹いた。老婆はたちまち態度を変え、一番の大座敷に案内したという。

原典より

疲勞せる余に取りて其宿泊謝絶は大恐惶てある、而かも此地には他に宿屋らしい旅舍は一軒もなく、…—— 修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年))

『修養と通力』は、高橋宮二が著し、大正二年に東京宝文館から発行した、深呼吸による精神修養と千里眼の実験の記録である。第一編「実験四年」は、修養の方法と焼岳での雪中の修養を述べ、千里眼の能力を得た妻貞子を明治四十三年から四年間養い、福来友吉博士らの立ち会いで透視と念写を試みた経過を記す。第二編「山の趣味」は附録の紀行で、北アルプスの大黒鉱山で雪中に半年埋もれた人夫六人の遺体を片付けた顛末と、黒部谷や中津川への旅を収める。

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