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残雪と大瀑布の黒部渓谷

所在地富山県黒部市宇奈月町黒部(祖母谷温泉)
年代明治大正期・六月
登場浅田某、越中魚津町の素封家・婆谷の温泉場を設けた人物
出典修養と通力

どんな伝承か

高橋宮二らの探険一行は舟見を出発し、黒部川本流に沿って黒部谷の長い渓谷を遡った。鐘釣温泉で一浴した翌日、深く進んだところで豪雨に見舞われ、一行は骨まで凍える寒さの中、婆谷の温泉まで前進して雨宿りした。ようやく浴槽を洗い温泉に浸かって暖を取ったが、翌朝も雨は衰えず、四方の絶壁はことごとく大瀑布と化し、渓流は雪解け水も加わって激増し、両岸を突破する勢いで水底の巨岩を転がす響きが谷全体を震わせるほど凄まじい光景であったという。

原典より

翌朝になつて見ると雨は尙依然として其脚甚だ強く、四邊の絶壁は何れも大瀑布となり、…—— 修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年))

『修養と通力』は、高橋宮二が著し、大正二年に東京宝文館から発行した、深呼吸による精神修養と千里眼の実験の記録である。第一編「実験四年」は、修養の方法と焼岳での雪中の修養を述べ、千里眼の能力を得た妻貞子を明治四十三年から四年間養い、福来友吉博士らの立ち会いで透視と念写を試みた経過を記す。第二編「山の趣味」は附録の紀行で、北アルプスの大黒鉱山で雪中に半年埋もれた人夫六人の遺体を片付けた顛末と、黒部谷や中津川への旅を収める。

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