神田橋の堀に飛び込んだ狐
どんな伝承か
明治初年の新聞に「紙幣寮から飛出した狐」という記事が載った。紙幣寮を飛び出した狐が神田橋のあたりで堀へ飛び込み、人力車引きにげんのうで叩き殺されたという話である。「げんのうにこれも命をとられけり 悪を那須野の狐ならねど」――そんな狂歌が末尾に添えられていた。同じころには金杉の蓬萊座に狐が棲むという記事も出ており、文明開化の東京にもまだ狐がいたことがうかがえる。狐が生活の場から追い払われるように、狐憑きもまた迷信として司法の手で裁かれていった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年))
『幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶』は、川村邦光が近代日本の民衆の心性をたどった論考で、あとがきは一九八九年十二月の日付である。明治の「血税一揆」の流言、トラホームと〈迷信〉、狐憑きと精神医学、「脳病」「神経病」、座敷牢と精神病者監護法、芦原将軍の誇大妄想と出口なおの神がかり、祖先教と靖国による霊魂の管理を、新聞記事や民話、医学書、調査報告から読み解く。はじめにの後に三部と終章を置き、あとがきで結ぶ。