夜泣き直しのお稲荷さま
どんな伝承か
安永四年、日光参詣を終えた紀州藩の殿さまの一行が大宮宿に泊まった際、収まりきらない供の一部が与野にも宿をとり、侍の菊島昌平は中村伊兵衛の家に泊まった。伊兵衛の家の裏の竹やぶには朱の鳥居が並ぶ稲荷があり、子どもの夜泣きが治ると評判だと伊兵衛は昌平に話した。二十年ほど後の師走の夕暮れ、子を抱いた若い婦人が供を連れて伊兵衛の家を訪ねてきた。昌平の娘で、嫁ぎ先で生まれた子の夜泣きに困り、父の勧めでやって来たのだった。稲荷に灯明を上げて祈ると、轟音とともに風が起こって灯が消え、その晩から夜泣きはぴたりと止んだ。婦人は日光の帰りに礼に立ち寄ってのぼりを奉納し、以後この稲荷は初午ににぎわったという。
原典より
この不思議なでき事があった晩から、赤んぼうの夜泣きはピタリと止まってしまいました。—— 与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
与野市史 民俗編――伝説・昔話(与野市(編)・与野市史)
『与野市史 民俗編――伝説・昔話』は、与野市史の民俗編から「一〇 伝説・昔話」の章だけを収めたものである。武蔵国足立郡与野にまつわる伝説と昔話二十話を、疫神や弘法大師、源頼義の伝えから、お化け地蔵・一つ目大入道・天狗隠し・猫橋のいわれなどの怪異譚まで、おおむね時代順に並べる。十五話は岡安茂生編『与野の伝説』に、ほかは『埼玉県伝説集成』『大宮市史』に拠り、再調査して題名や内容を書き改め、多くの話の末に注を付す。