丙の娘ら二十人余の尾崎狐憑き
どんな伝承か
番匠村では十五、六年ほど前から変病と呼ばれる病がはやり、仲右衛門の借家に住む丙の娘をはじめ二十人余りが次々に患った。病人はみな、同じ村の乙の家に潜む尾崎という悪狐が、わずかな恨みから取り付いて苦しめているのだと口走り、亡くなる者まで出た。そのたびに蟇目などの祈禱を頼んで一人三両、五両と出費がかさんだため、村人は高山村の杉本坊に問い合わせ、悪狐を封じる修法があると知った。村は費用を出すから封じの祈禱を受けてほしいと乙に頼み、仲右衛門・元長・長右衛門が間に立ってようやく承知させたが、乙は後に約束を翻した。そこで村は慶応四年二月、乙に祈禱をさせるよう地頭へ願い出た。
原典より
また、丙の娘をはじめ二十人余の村民が取り付かれ、そのたびに祓いの祈禱の費用として三両、五両と散財するので、高山村杉本坊(飯能市高山)に伺ったところ悪狐を封じる祈禱があると教えられた。—— 近世史料にみる憑き物「オーサキ狐」の諸相(小池信一) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近世史料にみる憑き物「オーサキ狐」の諸相(小池信一)
『近世史料にみる憑き物「オーサキ狐」の諸相』は、小池信一が著した、埼玉県に関わりの深い憑き物オーサキ狐を近世の古文書から論じた研究論文である。寛延四年の秩父郡三山村「おうさき」追放の再請書、天保六年の尾先狐追放教諭の触をめぐる村役人の願書、慶応三年から翌年にかけての比企郡番匠村の沼境と尾崎狐をめぐる出訴一件の三史料を翻刻する。はじめにで民俗調査から知られる俗信を六項目に整理し、各史料に解説を付す。