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正念寺に棲む狐の告げ

所在地滋賀県近江八幡市田中江町(正念寺)
年代江戸期
登場一向宗の住僧
出典科学的教養

どんな伝承か

伴蒿蹊の『閑田耕筆』によれば、近江八幡に近い田中江の一向宗の寺、正念寺には狐が住んでいた。狐は寺を火事から守り、住職が出かけるときは付き従ったという。ある人が住職の草履に物をかけたところ、寺に戻ってから物陰で人の声がして、草履の上にいた自分が汚されたと怒ったが、姿が見えないのだから仕方ないと住職に諭されて納得した。狐は自分たちの仲間には主領・寄方・野狐の三段があると告げ、書付を本堂に置けば文字や声で答え、ふだんは本堂の天井に住んでいたと伝わる。

原典より

凡物をとはんとおもへば、書付て本堂にさし置ば、其答をまた書きても見せ、人語を出して答へることもあり、形は見せず。—— 科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))

『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。

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狐寺人語稲荷野狐火除け

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