直訴して山神に祭られた土山惣二郎
どんな伝承か
戸奈良の鳥居戸公民館の前、鹿島川のほとりに、庚申塔と並んで「山神」と刻んだ自然石の碑が祭られている。由来はこうである。百姓の土山惣二郎は年貢を滞らせたことのない働き者で、筋の通らないことは見過ごさない人だった。夏の冷えた不作の年、旗本の領主が年貢の増額を言い渡してきた。村をあげて取り消しを願っても埒が明かず、惣二郎は直訴が死罪と知りながら、自分ひとりが犠牲になればと江戸の屋敷へ出向いて減額を訴えた。惣二郎はとらえられて処刑されたが、年貢はわずかに減らされた。ほとぼりの冷めた文政六年、名主の塩田弥兵衛が願主となり惣二郎の霊を山神として祭った。名が読みにくく刻まれたのは領主をはばかったためらしい。
原典より
幾年かたって、ほとぼりが冷めたころの文政六年(一八二三)名主塩田弥兵衛が願主となって、惣二郎の霊を山神として祭って、その立派な行為に対する報いとした。—— 田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史)
『田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説』は、田沼町が編んだ町史第一巻のうち、伝説の節の大半とことわざの節の冒頭を収めたものである。僧や鎧の祟り、神社の霊験、佐野宗綱の出陣、藤原秀郷ゆかりの井戸、義民、地名の由来、落人、寺社の縁起など、町内各地に伝わる話を地名や家名とともに記す。伝説は英雄偉人・義民・地名・落人・寺社縁起などの項に分けて並べ、ことわざの節は調査員の協力で集めたものを五十音順に掲げるが、いの項で終わっている。