身重の女の怨念が宿った片葉の芦
どんな伝承か
八幡太郎義家が試し斬りをした後の話として伝わる。義家の一行が角の欠けた砥石を残して奥州へ去ったあと、斬られた身重の女は村人の手で手厚く葬られたが、村人は誰の仕業かも、芦から血が噴いたことも知らなかった。しばらくして、ある村人がその芦の草むらの異変に気づく。芦の葉は本来左右互い違いに出るものなのに、そこの芦はどれも片側にばかり葉をつけていたのである。以前は両側に出ていたと皆うなずき合った。女の怨念がこうして今も「片葉の芦」と呼ばれる芦になったのだという。
原典より
さて、その女の怨念(おんねん)が、こうして今も「片葉の芦」と呼ばれるようになったとは、だれも知らんことじゃろう。—— 真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史)
『真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話』は、栃木県真岡市の市史民俗編から、第十四章「口頭伝承」の第一節「伝説・昔話」を収めたものである。大だら法師の足跡、釜淵の燈籠、大前堰の人柱、へび娘など、五行川・鬼怒川・小貝川の淵や沼、社寺にまつわる伝説と、タヌキやキツネに化かされた話を、既刊の民話集・伝説集と新たな採話から集める。冒頭に口頭伝承の参考文献を掲げ、各話の末尾に典拠を記し、結びの「まとめ」で話を河川・社寺・沼・動物の別に整理する。