大だら法師が残した赤羽の足跡
どんな伝承か
昔、富士山より背の高い大だら法師という大男がいた。北の方に高い山が無いのを見て、富士山の頂を切り取って背負い、北へ運んで来た。赤羽まで来たところで疲れ果てて腰を下ろし、東の海の水をすくって飲み、運んで来た山にひじをかけて眠り込んでしまった。目を覚まして山を持ち上げようとしたが少しも動かず、あきらめて置いたまま帰った。その置き去りの山が芳賀富士と呼ばれる益子町の太平山で、踏ん張ったときの足跡が赤羽の二つの谷地だと語られている。
原典より
その時置いていった山がそれ、今でも「芳賀富士」といわれる益子町の太平山で、力を入れてふん張った時にできた足跡が、赤羽の二つの谷地だということじゃ。—— 真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史)
『真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話』は、栃木県真岡市の市史民俗編から、第十四章「口頭伝承」の第一節「伝説・昔話」を収めたものである。大だら法師の足跡、釜淵の燈籠、大前堰の人柱、へび娘など、五行川・鬼怒川・小貝川の淵や沼、社寺にまつわる伝説と、タヌキやキツネに化かされた話を、既刊の民話集・伝説集と新たな採話から集める。冒頭に口頭伝承の参考文献を掲げ、各話の末尾に典拠を記し、結びの「まとめ」で話を河川・社寺・沼・動物の別に整理する。