頼朝が隠れた土肥椙山の巌窟
どんな伝承か
湯河原町の鍛冶屋の集落には、土肥椙山の巌窟と呼ばれる岩屋があり、しとどの窟ともいう。石橋山合戦に敗れ、梶原景時に追われた頼朝がこの岩屋に身を隠したという話は広く知られている。昭和三十年に土肥一族の墓所とともに県の史跡に指定されたが、長いあいだ、頼朝が隠れた岩屋は真鶴にあるものだと伝えられてきた。記録を裏づける史跡としての考証とは別に、伝説として見直す余地もある場所だとされる。
原典より
この鍛治屋部落には、昭和三十年十一月一日に土肥一族の墓所と共に県の史蹟に指定された、土肥椙山の巌窟がある。—— 神奈川県の歴史 県史講座要録――伝説と昔話(中村亮雄(「伝説と昔話」)・神奈川県の歴史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川県の歴史 県史講座要録――伝説と昔話(中村亮雄(「伝説と昔話」)・神奈川県の歴史)
『神奈川県の歴史 県史講座要録――伝説と昔話』は、県史講座要録の県下の民俗篇に収められた、中村亮雄の「伝説と昔話」である。柳田国男の白米城伝説の研究を手がかりに、三浦半島の二反ヶ城、鶴見の見返し坂、湯河原の石橋山合戦の伝承など県内の伝説を取り上げる。昔話は本格昔話と派生昔話(化物譚・笑話・動物昔話)に分け、藤沢・津久井・平塚などの類話を並べて世間話にも触れる。「はじめに」「伝説」「昔話」「あとがき」の四節からなる。