三味が淵の座頭
どんな伝承か
昔、一人の座頭が八千穂村の大石を通りかかり、諏訪へ向かう道を村人に尋ねた。ところが村人はうそをついて本当の道を教えなかった。座頭は道を見失い、坂を泣きながら行きつ戻りつするうちに日が暮れてしまった。途方に暮れた座頭は、三味線を抱えたまま川の淵へ身を投げたと伝えられる。その後もこの淵からは三味線の音が聞こえてくるので三味が淵と呼ばれるようになり、座頭が泣いてさまよった坂はナキザカと名づけられたという。
原典より
今でもその淵からは三味線の音が聞こえることから三味が淵と名付けられ、泣きながら迷った坂をナキザカと呼んでいる。—— 長野県南佐久郡八千穂村佐口民俗誌稿 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県南佐久郡八千穂村佐口民俗誌稿
『長野県南佐久郡八千穂村佐口民俗誌稿』は、八千穂村佐口の暮らしと伝承を記した民俗誌の稿から、第十三章「口頭伝承」とその前の章の末尾を抜き出したものである。前の章の手まり唄・子守唄に続き、佐口へ嫁いだ桜井トラ氏から昭和五十一年に聞いた昔話、双子の池の竜神や白駒の池、大河原峠の行き倒れなどの伝説、火の玉の話、子どもを戒めることわざを収める。伝説には地理や類話を補う注を付し、佐口の外の土地の話も含む。