敵情を探った物見の黒松
どんな伝承か
高さ十六メートル、目通りの幹回り五メートルの黒松の大木で、足利義明の小弓御所の物見に使われたとも、天正十八年に生実城主の原胤栄が徳川方の侍大将本多忠勝と戦ったとき、この木に登って敵のようすを探ったとも伝えられ、物見の松と呼ばれた。枝ぶりが傘を広げたように見えることから傘松の名もあったが、大正から昭和にかけて暴風や野火に傷められ、昭和五十五年七月、惜しまれながらついに伐られた。
原典より
足利義明の小弓御所の物見に使われたとか、或いは天正十八年、生実城主原胤栄が徳川方の侍大将本多忠勝と戦った時、この木に上って敵の様子を偵察したと伝えられ、物見の松の名があった。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。