殿様を背負って取り戻した祭り
どんな伝承か
ある年の登渡神社の祭りで大喧嘩が起き、佐倉の殿様から祭りを禁じられた。その後、佐倉藩主が江戸から船で登戸の港へ向かうと、引き潮で遠浅の海に船が止まってしまった。村人たちが殿様や家来をみな背負って陸まで運んだので大いに喜ばれ、祭りの復活を願い出ると一年おきの祭礼が許されたという。別の伝えでは、安政二年に寄進された神輿を氏子が翌年二度も担ぎ出したため藩主堀田正睦に渡御を禁じられたが、安政四年四月に堀田侯が村に泊まった折、若者たちが神輿を担ぎ出すと侯はかえって喜び、のちに神幸を末長く許したという。
原典より
これを見た村人たちが、殿様はじめ家来の人たちを背負って全部陸まで送ったので大変に喜ばれた。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。