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ええじゃないか - 名古屋での大流行

所在地愛知県名古屋市中区門前町
登場小寺玉晁、細野要斎、水野正信、名古屋の好事家・『丁卯雑拾録』の蒐集者、名古屋の儒者・『感興漫筆』の筆者、『青窓紀聞』の筆者(降札順位の典拠)
出典愛知民衆運動の歴史 新版

どんな伝承か

慶応三年八月二十八日の朝、名古屋城下の南、門前町にある仏師京屋の店に伊勢外宮のお札が降り、篝火と注連が立てられて人だかりができた。九月に入ると降札は本町筋に広がり、やがて城下で降らない所はないと言われるほどになった。札は秋葉山・豊川稲荷・津島牛頭天王など百数十種、三千四百枚に及び、家々は店先に祭壇を設けて七日七夜祝った。商いを忘れて飲み食いする日々が続き、町の働きはほとんど止まった。町奉行所が十一月三日に祭りの長引きを禁じ、七日の蔵王門前・長久寺裏の降札を最後に騒ぎは鎮まった。十月末には妖狐の仕業と悟る人も多かったが、万松寺と円頓寺の僧が札を降らせて捕らえられてもいる。

原典より

八月二十八日に始まる名古屋のお札降りは、九月初めには本町筋にひろがり、八、九日ころには城下で降らざる所なしといわれ、一町に一、二軒から多ければ六、七軒におよんだ。—— 愛知民衆運動の歴史 新版 より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

愛知民衆運動の歴史 新版

『愛知民衆運動の歴史 新版』は、愛知の民衆運動の歩みをたどる歴史書の新版である。慶応三年の「ええじゃないか」を扱う節で、三河国渥美郡牟呂村・羽田村に始まる伊勢神宮などのお札降りが、吉田宿、名古屋城下、稲沢・尾西・小牧・江南などへ広がった経過を、神官の留記や村の日記、『丁卯雑拾録』『感興漫筆』などの記録から跡づける。名古屋で降った札の種類と枚数の順位表を掲げ、降札を仕掛けた者をめぐる当時の見方と、騒ぎを担った民衆の姿を論じる。

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お札降り妖狐秋葉大権現祭礼伊勢神宮降札秋葉山

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